2026年5月30日第五回研究会
サンプル5.イェとガムとの闘争に関するポン教神話
石川巌
I.『ズープク』第一章「存在の項」からの抜粋とそれに対するデンパ・ナムカの注釈
1.概要
『ズープク』
ポン教大蔵経カンギュルに属し、古代の西チベットにルーツがあるとされるシャンシュン語の詩行と、そのチベット語訳の詩行を交互に並べて示した聖典。一一世紀後半に原型が成立したと見られる。第一章は創世とそこで誕生した神と悪魔の系譜を語り、それを踏まえた存在論を提示するもの。
デンパ・ナムカ注釈
デンパ・ナムカは八世紀に活躍した伝説のポン教僧。彼を著者に仮託し、一二世紀初頭に成立。
2.和訳:『ズープク』(p. 2-7, l.3-p. 2-8, l. 6)
⑴ チベット語テキストと和訳
gna’ ste ma la dang mo la /
昔、すなわち母における最初の女において
byed pas byas pa’i srid pa ni /
作為により作られた存在とは
mngon rdzogs lha yi rdzu ’phrul las /
円満なる神の化現から
zhal nga rlung dang spring ting yol /
「御面前の風」と「雲が敷かれた帷」
drod las me yi ’khor lo sprul /
熱から火の輪に化身した
tsha grang chu yi ’khor lo brtsegs /
熱冷水の輪が積み重ねられた
thig chen gser gyi sa gzhi bde /
大しずくたる黄金の大地は平安
nam mkha’ gsal bas go phye’o /
天空は光明により開かれたのだ
rin chen drang ma spungs pa las /
貴い真正が積み上げられ
dpag bsam shing du bskyed par byas /
如意樹として起こすようにした
gser gyi ri rab bang rim bzhi /
黄金の須弥山の四段目
gling bzhi gling phran ri bdun ’khor /
四洲、諸島、七山がめぐる
bkra shis longs spyod khang bzang mtho /
吉祥なる財たる良館は高く
snod ni mas srid ’jig rten gtos /
器たる下方世界世間は無辺
rgyu lnga’i bcud las sgong gnyis bsrid /
五因の髄から二つの卵が生じた
dkar ni ’od dang zer las brdol /
白は光と明から孵化した
yod khams srid pa’i rgyal por gsal /
有界存在の王として輝く
gnag ni mun dang thibs brdol /
黒は暗と陰[から]孵化した
med khams srid pa’i rgyal por gsal/
無界存在の王として輝く
med par dga’ ba yod mi sbyor /
無きを好むを有[に]合わせない
Tshang po yab ni srid la sbyor /
梵天父君を存在に合わせる
⑵ シャンシュン語テキストと試みの和訳
nya-zhi lo-snga mi-srum ci/
原初の 昔 母 における
slig-tso sad-la ju-slig ci//
完全に完成された神の変幻 において
^ag-sho li-pung du-pung ci/
口 風 [の]たくさんの雲に
ne-zhi du-pud slig-tso ci/
火の暖[の]輪が 完成された上で
tsha-jil ting-zhi du-bud khrungs/
熱冷 水 [の]輪 [が]*積み重ねられた
ha-ging smar-la skyes-slas zhing /
*大しずく身体 大地 [の]場
mu-ri phyo-sang he-pag ci/
晴天 明るい [が]開かれた上で
drung-mu mi-srum ha-pung ni/
貴いもの 母 [が]*積み上げられた ことから/あと/ことにより
^ag-sho mu-tsug skye rtsa mong /
口 吉祥 樹木 ? ?
^a-’dran rbang-mar di khri bing /
須弥山 金色の山 その 段 四
sprel-ling gu-ling rba snis gi/
洲 小洲 山 七 の
mu-tsug li-lo se-stong dmar/
吉祥 材 館 高い
gu mig sni lig gu-tun ni/
? ? ? 世界覆い尽くしている ことから/あと/ことにより
rgyu bing rka ril nes-sum lig/
因 四つの [の]腎臓 *卵 二つ 生じた
shi-nom khrir-kar ti-ze khrun/
白 [は]光を有するもの *明 [から]孵化した
sang-rgyung lig-rkyel ber-zhi dmar/
有界 存在主 王 [が]輝く
kha-nig gu-mun rma-ci khrun/
黒 [は]暗黒 翳り [から]孵化した
gu-mun mying-ning gyag-ti wir/
暗黒 非存在領域位牌 [が]輝く
ming-ning ga-sha lig ni-som/
非存在領域を好む [は] 有[に]*合わせない
sangs-rgyung lig-rkyel de-chu snis/
有界 存在主 [は]因が適うこと七つ
3.和訳:デンパ・ナムカ注釈(p. 74, l. 4-p. 78, l. 6)
A)「昔、すなわち母における最初の者において」というのは、これをもって縁の作成により作られた存在を示す。「昔、すなわち母における」はなされる前に存在した前身に対して言われており、器世間や有情の何も存在しないぐらい前に、何でもない領域が「虚空を具えた天空、三進歩の王」という者としてあったのである。
B)「一切を示そうとするあらゆることにより作られた」と言うのは、作為が何に対してもなされたことにより作られた。すのわち、輪廻、破壊、発生を凌ぐ者、ポン身からの財円満なるお身体で現れた者、相好が現前で円満なる者、有情一切を慈悲により養育する父君、ティゲルククKhri rgyal khugs がお作りになったのである。
C)何のための事物としてお作りなったのかと言えば[こういうわけである。]慈愛の祈願より怒りの害意が先だった。すなわち、黒い闇の空間の真ん中、カルパメーブムナクポbsKal pa myed ’bum nag poと言われるものであり、劣悪な思念が放射され、かつての存在発生していたものは壊れたのである。[彼は]「壊れたものから発生するべきではない。発生も苦の拠り所とすべきである。闇は光にすべきではない。光は妨げるべきである。有情は誕生して増えるようにすべきではない。生まれて増えても死んで途絶えるようにすべきである。善業は増加しないようにすべきである。増えても途絶え(bching = cing)間違えるようにすべきである。幸福と歓びと善と安楽はなくなるようにすべきである。罪悪や絶望や恐怖や黒縄や泣き叫ぶ声は拡まるようにすべきである」という害意をもって献じた。そのあとには、上たる「虚空を具えた天空、三進歩の王」からの五つの発生物の凝乳があった。すなわち、「紺碧至高明瞭なる天空」と、風のカテヤンツォルkha ste yang rtsol 、火のティマンゲルワkhri dmang rgyal ba 、水のデオカショlde’o kha sho、地のリンシレクパgling bzhi legs paとで五つは五つの発生因としてあったのである。それを、父君ティゲルククがお考えになって、カルパメーブムナクポの劣悪な意図を退けるために、神の無量宮やシェンの宮廷になってしまうようにとお考えになり、白い善の大義としてお作りなったのである。
D)仕方をいかような方法でなさったのかと言えば、[テキストは]「円満なるお口の吐息から」と言ったことなどで示しており、父君円満なる王ティククにより、五因がお体に集められ、お口の吐息を「ハ」と言われたことで、風の「特性の鉢(tshan ting = mtshan ting)」、送り出さず保持する性質と、「押さえられた鉢(nan ting = mnan ting)」、沈まず持ち上げる実体あるもの、雲は熱の揺れ動きの帷を具えたもの、その四つが円満なる化現と有情の業力として発生したのである。風から光の輪が激しく回り、その力から熱が火として生じたのだ。持ち上げる風の冷却の怒りと、熱火の吉祥なる温かさから、水滴や煌めきになったのである。そこに塵が激しく起こり、空を彷徨う風により掻き回され、風と須弥山のあいだに積み上げられてなったのである。
E)「大乗黄金の大地は平安」というところから、「器は下手世界世間無量」 というところまでで、外器の世間は円満勝利なる父君の祈願と変幻により作られたということである。
F)「五因の精髄から二つの卵が生じた」というのは、風、火、水、地の五元素の精髄から、光の卵と闇の卵の二つに生じた。つまりは純正なる五因の精髄から、神の祈願により縁が作られて、光の卵、四面八角、数才にみたないヤクぐらいのもの(g.yag ma grus tsam zhig)が生じたのだ。穢れたる[五因の]精髄からカルパメーブムナクポの祈願により縁が作られて、闇の卵、三角、三才牛が寝ているぐらいのものが出現したのである。
G)「白は光と明から孵化する」 というのは、父君が光の輪で[光の卵を]打ち壊して孵化させた光明が天空に散らばったものから「散らばった神(’thor gsas)」三六〇が生じ、光の人360人は幻影の馬(smig gi rta bo) それぞれに乗り、波(dbas) の輪がそれぞれを囲むように現れて、善業の援助をなさったのである。水しぶきが下方に発し、そこから「矢の神」mda’ gsas一万人一〇万馬が出現し、神人界の勇敢なる責務を担ったのである。卵の中の髄からティゲルククの化身、「十万の万倍の清浄なる存在」(スィーパサンポブムティSrid pa sangs po ’bum khri)という者が神から人に化身して、法螺貝の人体にトルコ石の髪、七つの胸あざに至った者が現れた。
H)「有界存在の王として輝く」というのは、そのスィーパサンポブムティが有り充満したので、白く善として存在する王なのだということである。
I)「黒は闇と陰から孵化した」 というのは、カルパメーブムナクポが暗黒の空間として孵化してから、黒い光が上方の遥か彼方から、闇と陰て霧とで三つのものとして生じた。黒い光が下方に発したことから、狂気と陰と霧とで三つのものとして生じた。卵の中の髄から光の黒い人に髪、三つの欲望に至った者が現れた。メーブムナクポが名を付けたことには、「黒い光明ある闇」(ムンパセルデンナクポMun pa zer ldan nag po)と言うのである。
J)「無界虚無の王として輝く」というのは、彼は無く空っぽなこと、途絶え破壊されてしまうことを喜ぶ王なのだということである。その明暗の二人は善悪業の父母とも言われ、一緒に産まれた神と一緒に[産まれた]天魔とも言われるのである。
K)「無きに老いるを有に合わせない」というのは、無への老いは、至るところから立ち上げられる天魔の因が尽きるまであり、善く享受しえないということである。
L)「サンポ父君を存在に合わせる」というのは、神と演舞と拠り所とで3つ、人、マsmra、ゲルrgyal とで3つ、ポン、シェン、任ぜられた者(skos)とで3つの存在に対し、一度に発生する(rge = skye)ように組み合わせるということである。一緒に産まれたその二つの神と鬼とは実際には心と煩悩なのである。
Ⅱ.『スィジー』第二八章「トンバが妻たる栄光の輝きをお召しになったという章」からの抽出
1.概要
『スィジー』
ポン教大蔵経カンギュルに属するシェンラプミボの長い伝記。一四世紀後半に成立したと見られている。
同二八章におけるイェ・ガム抗争の神話
第二八章は、フーモリンドゥクHos mo gling drugなる国の王妃が重い病に陥り、シェンラプミボがそれを救済し、同国の王女を妻に迎えるという物語となっている。そこで、王妃を救うためにシェンラプミボを招請することを説く占い師が登場するが、彼はそこでイェ(光や正義の神々)とガム(闇や邪悪の魔鬼)との抗争に関する神話的故事を多く語り、予兆を説明している。それに基づき、S. カルメイがその神話を時系列的に整え、紹介しているが、原典の実際は種々のエピソードの並列的散在となっている。ここでは私が和訳を準備している和訳のうちカルメイが紹介したエピソードのみにを提示する。
2.和訳
エピソードG(p. 19-593, l. 3-p. 19-594, l. 1)
今、存在が刺し留めに刺し留められたことは羊において刺し留められた。昔、イェ(Ye)とガム(Ngam)の双方が争ったとき、イェの王は有山(Yod ri)の頂にあり、ガムの王は闇の砦(Mun pa’i rdzong)にあった。ガムの九種の武器が打たれる。鍛冶屋の鎔館に問い合わされるような熱々のもの(tsha tsha)が闇の洲に当たった。闇の蒸気は雲となった。雲においてしずくや雨として降った。イェジェムンパは雨の急使[に会い]、雨に対する水受けの帽子がないので、羊ラワベルチェンのたてがみから、イェジェムンパのお帽子が作られた。悪者ガムジェツルポかの、闇の矢が放たれ御目に向けられ、御目に当たらず帽子に当たった。それは「神なる白い大地」の上に刺し留められた。白銀[や]鏡[や]絹で飾られ、結び目の神三六〇の拠り所として刺し留められた。神に対する神の拠り所が刺し留められることや、水受けを帽子においてなすことや、帽子において的の円を刺し留めることや、帽子の目(=穴?)を愛おしむことはそれ以降に生じた。
エピソードH(p. 19-594, l. 1-p. 19-595, l. 3)
今、存在が祈られに祈られたことは羊において祈られた。以前、神魔、白黒が争ったため、千の者が有無二つの境界と、神魔の軍のそれぞれに集った。神の軍は有の山デルカルの頂におり、ガムは炭の山ナクポのふもとにいた。合わさった三つの節目の真ん中で、曲直真偽の証人に任命された者クージェダンカルウォsKos rje drang dkar boが、「そこで真偽の二つの解説が競われ、有無それぞれで口上として保持された。だれも判定するな」と言ったとき、証人の御前で誓約として記憶され、誓言が羊において語られた。羊にいかように語られたかと言えば、以前、貴い家畜羊と、女神、スィン女が暮らした(=性交した)際に、神孫ガワ・バンミクとスィン孫キュンセ・ゲルナクの二人、その二人が取られ(=子として取り上げられ)絹[を献ずることで]祈られた。神孫ガマ・バンミクにおいては、巡らされたかの多くの栄誉を上へと親しみ、スィン孫キュンセ・ゲルナクにおいては、黒いさし向けられた罪悪を下へと讃えた。彼[ら]が似つかわしい峠の斜面に遣わされたことには、神孫が有山の頂きに行き、スィン孫が炭の山の頂に行った。勝利は有の手に入り、神軍すべては唾を吐いた。「神は勝利したのだ」と言われる議論や、「和睦と憤り」と言われるものや、「真偽双方に対する証人」や、「直曲双方に対する証人(gzu ’o = gzu bo)」や、「誓約に対する枷として要るもの」や、「争事(shag ka = shags)をそれぞれで判定するな[とされた]のち、証人が誓約を祈らせ、占いにおいて神の祈りが最上となったこと」や「神とスィンが分かれたとき」という議論もそれ以降に生じた。
エピソードI(p. 19-595, l. 3-p. 19-596, l. 1)
今、存在を咎めに咎めることは羊において咎めた。以前、かのシーパ・イェムン王は、イェとガムが不和になったあと、何を願うにしても、会議の要請においては、イェの賢者ダラ羊をもって報いた。右手は「祈願の拠り所」(smon rten:願いをかなえる杖)とされ、そこで咎と杖(lag pa rten)が結び付いて合致し、イェの賢者ダラの誓約により、ガム人ナクポは牢獄に捕えられ、ガム婦人マルモは報奨のうちに獲得された。そこで経緯が分からなくなってから、ガムの会議場シャムパにおいて、「今後は会議により偉大だ」と言われたのち、イェとガムの両者の会議がなされ、イェジェが何を咎めても議がなった。今、占いにおいて咎を必要としないことや、咎[と]手の合不合や、羊をもってダラを祀ることや、事は右側の肉においてなすことや、男子は牢に捕えられることや、臣属する女は報奨のうちに持って行かれたことや、今後は和睦や会議をなすという議論もそこにおいて生じたのだ。
エピソードK(p. 19-596, l. 4-p. 19-597, l. 6)
今、存在は調査に調査されるのは羊において調査された。(19-596-5) 今、羊においてどのように調査(dpyad)されたかと言えば、以前、イェ・ガムの争いが勃発していないころ、世界が和していたときに、イェ・ガム双方の境から、実もなく幹もない木が生え、葉は絹や正絹から成り、実は高価な金から成り、樹液はアムリタの癒しから成り、樹皮は命を守る鎧から成り、棘は有毒の武器から成り、香りは有毒の匂いからなり、花は不可思議な女神となった。それに対し誰によっても調べられる(dpyad)ことがないようにしておけ[、と言われていた]。そこにチャの御子息、かのチャウヤンカルが吉祥の羊でもって騎乗なさり、白羽の神の矢を御手に持し、有の山デルカルの頂にいらっしゃって、樹木を調べに調べに調べに遣わしたので、神と天魔の教えが争い、イェとガムの戦いが勃発し、時々の勝敗が出て、有と無がそれぞれに争い、有が勝たんとするのが見え、無が負けんとするようになることがわかった。それを三界(bsrid pa gsum)の頂きに伝え、有無双方1000人が感知した。それからイェとガム双方が争ったので、チャの御子息チャウヤンカルに対し、超感知のチャウヤンカルと名付けられた。チャウヤンカルは全てにおいて偉大であり、敵と友人の双方としておつくしになった。今、占いがよく調査されたとき、前の包みと後の包みは当たるということ、真実と虚偽が実際には綾となっていること、占いがすべてに説かれたこと、占師は全てにおいて偉大であること、王国全土の占いの議論もそれ以降発生したのである。
主要参照文献
DzP (『ズープク』)
Srid pa’i mDzod Phugs kyi gZhung, (Kun grol lHa sras Mi pham rNam rgyal), [Khreng tu’u, 1999], digitized in 2006, TBRC no.: W21872-6142.
GrGr
bDen pa Bon gyi mDzod sGo sGra ’Grel ’Phrul gyi lDe Mig, BDRC no.: MW8LS16790
ZJ (『スィジー』)
’Dus pa Rin Po Che’i rGyud Dri ma Mad pa gZi brJid kyi Kun Rig sGron ma’i Cho Ga, (Kun grol lHa sras Mi pham rNam rgyal), [Khreng tu’u, 1999], digitized in 2006, TBRC no.: W21872-6159.
Karmay, S. 1975
“A General Introduction to the History and Doctrines of Bon”, Memoirs of the Research Department of the Toyo Bunko (the Oriental Library), no. 33, pp. 171-218.
トンバ経典『トンバシャラの来歴』について
黒澤 直道
1.梗概
〈前段〉
・過失の悪霊(leichel、レチャ)により、死後の道が遮られる。生前の儀式が正しく行われていなかったことが示唆される(供物と朗誦の不一致)。祖先の地に辿り着けない。
・祭りを出来る者が、祖先を上に送り、牛、馬、羊、ヤクの四種を送り、オ神の地、ヘ神 の地、良い五宝の神三十三の地、太陽の光が大いに明るく、月が美しい地に送り、上に着く。
〈トンバ経典の定型的スタイル〉
・世界の始まりの描写(『人の移動の由来』、『ドゥとスの戦い』と共通)。音と気の出現、イグオカの出現、サルウェデの出現、ヘデュオパ(白い骨の大神)の出現。ムルドゥズの出現。ドゥの白い世界の出現。ムルドゥズの口の泡と涙、白い肉からチュチュヮジムの出現。夫婦となり、息子九人、娘七人を養い、九つ村、七つの地となる。
・ムルドゥズの口の泡から、白い湖、白い卵、イシブゾの出現。マパウハの出現。白い犏牛と白いヤク、白い馬、白い山羊と白い羊の出現。ハイバダの木、ジョロ大山の出現……、その他の万物の出現。
・黄金の雄鶏、ウヨウマの出現。一代~九代の祖父と祖母の出現。
・五種の五行の出現。五つのチコの出現。餓鬼、地獄、阿修羅……、人の地の出現。漢族、ナシ族、チベット族の出現。
・ジブトゥカ、サザロツェジモの二人が結ばれて一家になり、トンバが福を与えた。
〈トンバシャラの出生〉
・トンバシャラの出生。シャラとサザロツェジモの会話。サザロツェジモの左腕から、トンバシャラが生まれた。悪霊たちが見て恐れをなす。
〈チベット僧を凌駕する〉
・トンバシャラの読経。チベットの僧侶三人は、シャラを食事に誘わない。トンバシャラが口で変化を起こし、風で経典を吹き飛ばす。僧侶三人は、経典の前後を並べられず、トンバシャラが並べる。僧侶三人は、白法螺貝の身の衣の袖を解いて与え、身の龍の衣一着をトンバシャラに与えた。
〈クシュマの出現〉
・異形のクシュマ(=スミマツォクシュマ)が出現し、人を殺して食う。人は相談し、トンバシャラに使者を送る。ラオラサゾと白蝙蝠がトンバシャラに助けを請う。天上の神、オ神とヘ神は相談し、トンバシャラを遣わす。
〈トンバシャラの降臨と悪霊退治〉
・トンバシャラがシャチュ、獅子、龍、弟子と兵を伴って降りてくる。様々な悪霊を圧する。
〈スミマツォクシュマとの結婚〉
・トンバシャラは、有能な妻が九十九人いるが、百人に一人足りないと言い、誓いを立てる。スミマツォクシュマとトンバシャラは一家となった。
〈儀礼の依頼とスミマツォクシュマ退治〉
・コパゾチが病み、カメミチが熱を出し、トンバシャラを呼んだ。スミマツォクシュマは、布施を受け取らないように言うが、コパゾチとカメミチは、トンバシャラを迎えて祭り、金銀、トルコ石、黒水晶を賽銭とした。トンバシャラは受け取らず、トンバシャラの白い馬の腹帯に結んだ。家に着くと、スミマツォクシュマが病んで熱を出し、布施を受け取ったことを咎めた。トンバシャラは心に経を唱え、三百六十の弟子を放ち、スミマツォクショマを殺した。
・トンバシャラは、経塔を建て、あらゆる悪霊を圧した。人の栄える大地、人の住む所ができ、人の立つ所ができた。働く人は、ヤク、羊、酒、飯、脂身の干肉、赤身の肉、香、バターを用いて、トンバシャラを祭った。
・スミマツォクショマを殺したことによる穢れを祓うため、神々を招いて儀式を行う。
2.比較検討
2-1.全体状況
・原型からの変容
世界の始まりの描写=『人の移動の由来』・『ドゥとスの戦い』と共通。
原説話のトンバ経典の記述スタイルへの当て嵌め、もしくは付加。
2-2.トンバ経典での問題点
・チコ(jilku)の解釈(注73)
「門類」(②)、「金門=誕生の法輪」(①)、「境界」(③)。
ジョゼフ・ロック: koqlol、チベット語འཁོར་ལོ་(車輪)(Rock 1937, p.19)
習煜華・楊逸天: jilkol、チベット語དཀྱིལ་འཁོར་(壇、マンダラ)(習・楊1991, p.152)
・対の悪霊(注99、注100)
ddvqとzeiq。チベット語བདུད་(魔)とའདྲེ་(魔)(Rock 1937, p.33)
両者の違いは何か?
・クシュマ、ポン教説話におけるギャルシェーマ(注118)
Keeshvmaq、Seemilmaqzokeeshumaq(②)
Saimilmaqzokeelshvmaq(①)
Ceeqmilmaqzogvlseemaq(③)[Ceeq-mil: 悪霊-女]
・ドゥルチャパラル、ポン教説話における悪魔の王、キャプパ・ラクリンに相当
Ddvqlee'qebala'leel、チベット語བདུད་ཁྱབ་པ་ལག་རིང་(Rock 1937, p.35)
『トンバシャラの来歴』へのコメント
1.チコ
| 『トンバシャラの来歴』 | 『ズープク』 | 『デンパナムカ注釈』
| 五種の五行が変化して、風のチコが一つ出た。木のチコが一つ出た。火のチコが一つ出た。金のチコが一つ出た。土のチコが一つ出た。 | 「御面前の風」と「雲が敷かれた帷」 熱から火の輪に化身した 熱冷水の輪が積み重ねられた 大しずくたる黃金の大地は平安 天空は光明により開かれたのだ | 仕方をいかような方法でなさったのかと言えば、[テキストは]「円満なるお口の吐息から」と言ったことなどで示しており、父君円満なる王ティククにより、五因がお体に集められ、お口の吐息を「ハ」と言われたことで、風の「特性の鉢(tshan ting = mtshan ting)」、送り出さず保持する性質と、「押さえられた鉢(nan ting = mnan ting)」、沈まず持ち上げる実体あるもの、雲は熱の揺れ動きの帷を具えたもの、その四つが円満なる化現と有情の業力として発生したのである。風から光の輪が激しく回り、その力から熱が火として生じたのだ。持ち上げる風の冷却の怒りと、熱火の吉祥なる温かさから、水滴や煌めきになったのである。そこに塵が激しく起こり、空を彷徨う風により掻き回され、風と須弥山のあいだに積み上げられてなったのである。
この対応から見るとチコとはロックの主張するように「輪」(’khor lo)であると思われる。
2.対の悪霊
bdudは天の悪魔、邪神。’dre は魔鬼の総称。土着宗教儀礼説話で対となって見えるのは地の死魔、スィsri 。こちらの方が発音的にもzeiq に近いか。しかし後代のポン教ではbdudとsrin「食人鬼」がガムの魔鬼の代表である。
3.クシェマ
シェンラプミボの母、ゲルシェーマやP.t.1136に登場する河源の国の妃、ギメーマとは共通性見えず、無関係と思われる。
4.ドゥルチャパラル
確かに、ポン教に伝わるシェンラプミボの伝記関係の文献に登場するキャプパラクリンに当たるキャラクターと言えなくない。
彼はシェンラプミボと諸魔を率い、争うが最終的に諸魔ともども教化される。
トンバ教のものは軍勢を率いてくるが、いとも簡単に殺されて終わっているようだ。
なお、キャプパラクリンKhyab pa lag ringsの意味は「覆うもの、手長」